大判例

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最高裁判所大法廷 昭和38年(あ)1511号 判決

主文

原判決および第一審判決中被告人に関する部分を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

弁護人田中耕輔の上告趣意について。

所論中には、判例違反をいう部分があるが、その判例を具体的に示しておらず、また憲法三一条違反をいう点もあるが、実質は事実誤認、単なる訴訟法違反の主張に帰し、その余は量刑不当の主張であつて、いずれも上告適法の理由に当らない。

なお、職権により調査すると、原審の是認した第一審判決は、同判示一の(三)の犯罪貨物として、押収にかかる外国製腕時計「ランコ」等一一二個(昭和三四年証第一七五〇号の六および七)を被告人から、また同判示二の犯罪貨物として押収にかかる外国製腕時計「ウオルサム」等三九九個(同証号の三九から六五まで)を被告人および第一審相被告人Aからそれぞれ没収しているが、記録に徴すれば、これらの物件は被告人および右A以外の第三者の所有に属することが窺われ、その所有者たる第三者に右の没収について告知、弁解、防禦の機会が与えられた事跡は見当らない。所有者たる第三者に告知、弁解、防禦の機会を与えることなくしてその所有物を没収することが、適正な法律手続によらないで財産権を侵害する制裁を科するにほかならず、憲法三一条、二九条に違反するものであることは、当裁判所大法廷判決(昭和三〇年(あ)第二九六一号同三七年一一月二八日判決、刑集一六巻一一号一五九三頁)の示すところであるから、右各物件の没収を言い渡した第一審判決およびこれを是認した原判決は、この点においていずれも憲法三一条、二九条に違反するものであり、破棄を免れない。

次に原審の是認した第一審判決は、同判示一の(一)および(二)の各犯罪貨物がいずれも没収できないものとしてその価格相当金額を追徴しているが、記録によれば、各犯行後、右一の(一)の犯罪貨物はBから、また同(二)の犯罪貨物は原審相被告人Cからそれぞれ押収されていずれも現存することが認められ、しかも右物件が犯人以外の者の所有にかかり、かつその者が犯行後その情を知らないでこれを取得したものであることが記録上認められないので、右各犯罪貨物については関税法一一八条二項に定める追徴の要件をみたしているものということができない。したがつて、被告人に対してその価格相当金額の追徴を言い渡した第一審判決およびこれを是認した原判決は、右追徴に関する規定の解釈適用を誤つた違法があるものというべく、この点においても破棄を免れない。

よつて、刑訴四一〇条本文、四〇五条一号、四一一条一号に従い、なお昭和三八年法律第一三八号刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法の施行されたことに鑑み、刑訴四一三条本文を適用して、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官入江俊郎、同斎藤朔郎の補足意見、裁判官奥野健一の意見、裁判官山田作之助の少数意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官入江俊郎、同斎藤朔郎の補足意見は、次のとおりである。

われわれの補足意見は、昭和三五年(あ)第一七七二号同三八年一二月四日大法廷判決(刑集一七巻一二号二四一五頁)の各補足意見と同一であるから、それを引用する。

裁判官奥野健一の意見は次のとおりである。

原審の是認した第一審判決は、押収に係る外国製腕時計「ランコ」等一一二個および外国製腕時計「ウオルサム」等三九九個を被告人より没収しているが、記録によればこれらの物件は被告人以外の第三者の所有に属することが窺われる。

しかし、本件犯行当時は第三者の所有に属する物件を没収すべき手続法規は存在せず、従つてこれを没収することは違憲であることは当裁判所の判例(昭和三〇年(あ)第二九六一号同三七年一一月二八日判決、刑集一六巻一一号一五九三頁)とするところである。然るに、その後に制定施行された昭和三八年法律第一三八号刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法を遡及適用して、その第三者より犯行当時没収することができなかつた同人の所有物件を没収することは憲法三九条の趣旨に反するものと解するから、当裁判所としては本件を破棄して、第一審裁判所に差し戻すべきではなく、自判して前記物件に対する被告人に関する没収言渡の部分を削除すべきである。

また、原審の是認した第一審判決は、その判示一の(一)および(二)の各犯罪貨物は没収できないものとして、その価格相当金額を、本件被告人から追徴しているが、記録によれば右一の(一)の物件はBから、また同(二)の物件は原審相被告人Cからそれぞれ押収されていずれも現存し、本件被告人以外の者の所有に係ることが認められる。従つて本件被告人は右各物件の所有者ではなく、また被押収者でもないから占有者でもないので、本件被告人より右物件の没収も、追徴もすることはできないものと解すべきである。従つて、この点についても原判決およびその是認した第一審判決中被告人に関する部分を破棄し、その追徴言渡の部分を削除する旨自判すべきであつて、第一審裁判所に差し戻すべきではない。

なお犯罪貨物の所有者でない者から追徴すべきでないことの理由の詳細は、昭和二九年(あ)第五六六号同三七年一二月一二日大法廷判決(刑集一六巻一二号一六七二頁)昭和三四年(あ)第一二六号同三八年五月二二日大法廷決定(刑集一七巻四号四五七頁)昭和三七年(あ)第一二四三号および同第三四年(あ)第二二七六号同三九年七月一日大法廷判決における私の意見と同一であるから、それを引用する。

また、第三者の所有物件につき、犯行後制定施行された前記応急措置法を遡及適用して、没収の言渡をすることの許されない理由の詳細については、昭和三五年(あ)第一七七二号同三八年一二月四日大法廷判決(刑集一七巻一二号二四一五頁)における私の意見と同一であるから、それを引用する。仮りに若し、原審が当時においては第三者所有の物件の没収は憲法上許されないとして没収の言渡をしなかつたとすれば、検察官の上訴があつたとしても、当裁判所としては、その後前記応急措置法が制定施行されたからといつて、同法により没収すべしとして原判決を破棄して、差し戻すことはできないものと思われる。然らば、原審の没収言渡に如何なる違法の点があつたとしても、少くとも右応急措置法を遡及適用して、改めて没収すべしという理由で原判決を破棄し、差し戻すことはできないものと思う。

裁判官山田作之助の少数意見は、次のとおりである。

わたくしは、刑事訴訟において、被告人に対する裁判手続、従つてまた被告人に対して言い渡された判決の効果は、その被告人に対してのみ生じ、訴訟当事者となつていない第三者に対しておよぶものではないと解する。第三者所有の物件について、被告人がこれを占有保持している関係から、その被告人に対して言い渡された右物件を没収するという判決は、単にその被告人が右物件に対して有する占有権、使用権を剥奪する効果を生ずるに止まり、第三者がその物件に対して有する所有権が、右判決により、奪われるというが如きことはあり得ない。本件第三者所有物件についての被告人に対する没収の判決の効果が第三者の所有権を奪うものであるとの前提のもとに、この点につき原判決を破棄せんとする多数意見には賛同しがたい(昭和三〇年(あ)第二九六一号同三七年一一月二八日大法廷判決、刑集一六巻一一号一五九三頁におけるわたくしの少数意見参照)。

検察官 浜本一夫 公判出席

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 石坂修一 山田作之助 五鬼上堅磐 横田正俊 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 柏原語六 田中二郎 松田二郎)

裁判官斎藤朔郎は死亡につき署名押印することができない。(裁判長裁判官 入江俊郎)

弁護人田中耕輔の上告趣意

一、原判決には採証法則に違反し、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認が存し、以つて憲法第三一条に違反する疑いが存するので破棄さるべきと思料される。

原判決は、本件物件は全て犯則物件なりと認定し、その基礎として、捜査当局の所謂入関済証紙の貼用がないこと、価格が安いこと、被告人の供述調書の存在を考慮しているが、本件犯則物件中には、所謂入関済証紙を貼用するに至つた以前に、本邦内に輸入せられた物品が存在すること。免税品として輸入を許可せられた物品が混入せられていることは、極めて明瞭な事実である。

しかるに、原判決は之を看過し、漫然と本件全物件を一律に犯則物件と認定したことは証拠採用に関する従来の判例に違反し、重大なる事実の誤認を犯している。従つて又、被告人は原判決により、不当に処罰を受けるものと言うべく憲法第三一条に違反すること又明らかである。

二、原判決は、刑事訴訟法第四一一条第二号に違反する疑が存する。

被告人は単にXのセールスマンたるに過ぎず、本件の主犯たるべき者ではない。そして、被告人は本件が関税法違反事件としては初犯である。この点を考慮すれば原判決の量刑は甚しく不当であると思料される。

三、〈省略〉

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